Family Academy睡眠を制するものは記憶を制す!生活リズムを整えて良質の睡眠を手に入れよう(2016栄冠めざしてFamilyより)
現代の日本は、良質な睡眠がとりにくい生活環境にあります。スマホや携帯などの個人情報端末の発達や、深夜まで明るい照明環境が、睡眠に悪影響を及ぼしているからです。1960年から2005年までの45年間で、日本人の平均就床時間は、小学生で60分、高校生で90分ほど遅くなっており、実質的な睡眠時間も1時間近く短くなっています。とりわけ受験期の子どもたちは、睡眠時間を削って勉強しがちです。しかし、勉強したことをしっかりと記憶するのには、睡眠がとても重要な役割を果たしていることがわかってきました。十分な記憶力を引き出すには良質な睡眠が不可欠なのです。では、良質な睡眠とはどのような睡眠でしょうか。前田多章先生に、睡眠と記憶のメカニズムをわかりやすく解説していただいた上で、良い睡眠をとるために、家庭でできる工夫について教えていただきました。
甲南大学
知能情報学部 知能情報学科
准教授
前
田
多
章
- P R O F I L E
- 慶應義塾大学大学院医学研究科生理系生理学専攻修了。博士(医学)。1997年岡崎国立共同研究機構生理学研究所統合生理研究施設 特別共同利用研究員。1999年甲南大学理学部経営理学科専任講師。2007年同大学理工学部情報システム工学科准教授。2008年より現職。
神経科学および生理心理学を基盤とした健康科学および睡眠科学が専門分野である。現在は、環境が記憶能力に及ぼす影響や発育発達に及ぼす影響について研究を進めている。- 所属、役職などはすべて取材時のものです。
睡眠は心身を修復し、健康を保つのに不可欠
最初に、睡眠がいかに大切か、簡単に紹介しておきましょう。睡眠には、心身を修復したり、脳を休めたり、記憶を整理したりと、さまざまな働きがあります。とくに成長期の子どもにとって、睡眠は非常に重要です。成長ホルモンは血液中に高濃度で存在することにより働きます。低濃度では効果が出ません。成長ホルモンは、しっかり寝ていると睡眠の前半で高濃度に分泌され、この高濃度の成長ホルモンこそが子どもの成長を促してくれるからです。
震災などに遭遇して十分な睡眠がとれなかった子どもたちには、発育が阻害されているケースが多くみられます。調べてみると、昼間の成長ホルモン量が高いのです。成長ホルモンの1日の分泌量は、寝ても寝なくてもほぼ一定ですから、昼間の分泌量が高いということは、夜間に濃度が高くならなかった、つまり十分な睡眠がとれなかったことを意味しています。この不充分な睡眠が成長に悪影響を及ぼすのは、何ヵ月も何年も続きます。
睡眠には、体温を下げる機能があります。脳は人間の体の中で最もエネルギーを消費する器官で、筋肉の約4倍にものぼります。そのため、睡眠によって体温を下げ、休息させないと脳がオーバーヒート状態に陥り、不都合なことが起こります。
たとえば、脳の扁桃核という部位は、恐怖や不安といった負の感情にかかわっていますので、睡眠により扁桃体を休息させることによって、こうした負の感情を軽減させることができます。昼間いやなことがあっても、一晩寝れば、いやな出来事自体は覚えていても、いやな感情は弱まったり消失したりします。しかし十分な睡眠がとれないと、いやな感情は次の日も持続します。睡眠は、心の修復にも一役買っているのです。
今回のテーマである記憶にも、睡眠は深くかかわっています。きちんと睡眠をとらないと、昼間苦労して覚えたことも記憶として固定されず、忘れやすくなってしまうのです。
このほか、睡眠不足は糖尿病や心臓病のリスクを高め、肥満率も高めます。さらに、良質の睡眠をとらないとストレスホルモンが睡眠中に過剰に出て風邪を引きやすくなり、また、うつ病を発症する確率も高まります。筋肉の疲労は、長くても数分程度の休息で回復しますが、勉強などによる脳の疲労(神経疲労)は、一晩の睡眠でしか回復しません。健康的に生活するためには、睡眠は死活的に重要なのです。
脳を休めるノンレム睡眠と体を休めるレム睡眠
睡眠にはノンレム睡眠とレム睡眠の2種類があることをご存知の方もいらっしゃると思います。レムとは Rapid Eye Movement の頭文字を略したもので、レム睡眠は、眼球の素早い運動を伴う睡眠です。夢を見るのはこのときで、体の筋肉は動きません。一方、ノンレム睡眠は眼球運動のない睡眠です。つまり、ノンレム睡眠は脳を休ませる睡眠、レム睡眠は身体を休ませる睡眠ということができます。
睡眠中は、ノンレム睡眠とレム睡眠のペア(睡眠サイクル)を繰り返しています。睡眠サイクルは基本的に90分から120分間で、個人差があります。睡眠は前半(最初の2サイクル)と後半(朝方の2サイクル)で異なる様態を示します。夜間の前半では睡眠サイクルは、ノンレム睡眠の時間が長く、レム睡眠は数十秒しか続きません。後半になるとレム睡眠は30分ほど続きます。このレム睡眠は、試験前に集中して勉強すると延長します。
最初の深いノンレム睡眠には、新たな記憶を固定するための準備をする働きがあります。また、後半の浅いノンレム睡眠には、運動における体の使い方や問題を見て解法パターンをパッと思い出すといった「手続き記憶」と呼ばれる記憶の固定や、いろいろな記憶を相互に関連づけて統合する働きがあります。
一方、レム睡眠には、いつ、どこで、何があったかといった「エピソード記憶」の固定や、次に記憶をスムーズに思い出せるように索引をつける働きがあります。つまり、先にも述べたとおり「勉強するとレム睡眠が延長する」のはたくさん勉強したことをしっかり固定するためなのです。睡眠中は、こうして脳と体が交互に休息しながら、記憶の整理を行っています。
睡眠にはノンレム睡眠とレム睡眠の2種類があることをご存知の方もいらっしゃると思います。レムとは Rapid Eye Movement の頭文字を略したもので、レム睡眠は、眼球の素早い運動を伴う睡眠です。夢を見るのはこのときで、体の筋肉は動きません。一方、ノンレム睡眠は眼球運動のない睡眠です。つまり、ノンレム睡眠は脳を休ませる睡眠、レム睡眠は身体を休ませる睡眠ということができます。
睡眠中は、ノンレム睡眠とレム睡眠のペア(睡眠サイクル)を繰り返しています。睡眠サイクルは基本的に90分から120分間で、個人差があります。睡眠は前半(最初の2サイクル)と後半(朝方の2サイクル)で異なる様態を示します。夜間の前半では睡眠サイクルは、ノンレム睡眠の時間が長く、レム睡眠は数十秒しか続きません。後半になるとレム睡眠は30分ほど続きます。このレム睡眠は、試験前に集中して勉強すると延長します。
最初の深いノンレム睡眠には、新たな記憶を固定するための準備をする働きがあります。また、後半の浅いノンレム睡眠には、運動における体の使い方や問題を見て解法パターンをパッと思い出すといった「手続き記憶」と呼ばれる記憶の固定や、いろいろな記憶を相互に関連づけて統合する働きがあります。
一方、レム睡眠には、いつ、どこで、何があったかといった「エピソード記憶」の固定や、次に記憶をスムーズに思い出せるように索引をつける働きがあります。つまり、先にも述べたとおり「勉強するとレム睡眠が延長する」のはたくさん勉強したことをしっかり固定するためなのです。睡眠中は、こうして脳と体が交互に休息しながら、記憶の整理を行っています。
理想的な睡眠時間は6時間または7時間半
以上のことから、記憶力を高めるには、レム睡眠に加え、深いノンレム睡眠から浅いノンレム睡眠までの、すべてのプロセスが必要なことがわかります。
寝つきが悪くて深いノンレム睡眠が阻害されると、昼間のいやな感情を、次の日も引きずることになり、心が癒されません。また、3~4時間程度の睡眠時間では、後半の浅いノンレム睡眠やレム睡眠がなくなるため、勉強して覚えた内容が固定されず、また索引付けもされないため思い出すこともできず、勉強が無駄になります。
理想的な睡眠は、睡眠サイクルを4回ないし5回繰り返す睡眠です。睡眠時間でいえば、個人差はあるにしろ、6時間または7時間半が最適だということになります。
気をつけていただきたいのは、レム睡眠は決して覚醒(起きている状態)に近い睡眠ではないということです。「ノンレム睡眠が深い睡眠で、レム睡眠が浅い睡眠だから、レム睡眠のときに起きればいい」といった声を時折耳にしますが、これは間違いです。最後のレム睡眠のときに起きてしまうと、記憶が固定できないだけでなく、熟睡感がなく、疲労感を伴った最悪の目覚めになります。一番スッキリ起きられるのは、その次の浅いノンレム睡眠のときなのです。そこで、布団に入ってから眠りに就くまでの時間(睡眠潜時)と勉強したことによるレム睡眠の延長時間を考慮して、布団に入っている時間は6時間半または8時間をめざしたいところです。
良質な睡眠の鍵を握るホルモン「メラトニン」
では、記憶力を高める良質な睡眠をとるには、どんな点に気をつければいいのでしょうか。
睡眠には、メラトニンというホルモンが深くかかわっています。メラトニンには体温を下げ、成長ホルモンの分泌を促す作用があります。体温が下がると、自然な睡眠に入りやすくなります。メラトニンにはもう一つコルチゾールの分泌を抑えるという大事な働きがあります。睡眠中にはコルチゾールというホルモンが分泌され、起床時に最大濃度となります。コルチゾールは朝起きたらすぐに活動できるために欠かせないホルモンです。このホルモンは欠かせないホルモンですが、出続けると身体に負担がかかってしまいます。つまり「よーい、どん!」の「よーい」が一晩中続くと脳や身体に大きな負担となります。また、コルチゾールは免疫機能を下げる働きがあるので、出続けると風邪を引きやすくなります。メラトニンはこれらのことを防いでくれるのです。
メラトニンは、習慣的に寝る1~2時間前くらいから分泌が始まり、深夜の3~4時でピークに達し、急速に消えていきます。このリズムは、体内時計で決まっていますが、光にも強く影響されます。とくにブルーライトと呼ばれる青色の成分を含んだ光を浴びると、メラトニンの分泌は止まります。ブルーライトは昼間の太陽の光や蛍光灯に含まれているため、昼間、こうした光を浴びている間は、覚醒状態を維持できるのです。また、このブルーライトは元気が出るホルモンであるセロトニンを作るのにも大事な働きをします。後に述べるようにセロトニンは、食べ物に入っているトリプトファンという必須アミノ酸から体内で作られます。実は、これまで述べてきた睡眠に大変重要なメラトニンは、夜になってブルーライトが当たらなくなるとセロトニンがメラトニンに作り替えられるのです。
また、朝早起きするということは、人の体内時計は約25時間周期ですから、毎朝、太陽の光を浴びることで、体内時計をリセットし、24時間周期(地球上の時間)に合わせることに欠かせません。そして、規則正しく起床して、しっかり活動することにより、高濃度に溜まったコルチゾールを消費し、脳や身体への負担を軽減できます。
良質な睡眠のためには、メラトニンを規則正しく分泌させればいいのですが、現代の生活環境や受験勉強は、なかなかそれを許してくれません。たとえば、夜300ルクスの光を浴びていると、メラトニンの分泌が阻害されます。蛍光灯の明るさは、一般家庭で約300ルクスです。直接光源を見なくても180ルクス程度の光が目に入っており、パソコンやスマホの画面を見れば300ルクス近くなります。
特に気をつけなくてはならないのは、夜11時30分から朝5時までの間です。この時間帯は、160ルクスの光でもメラトニンの分泌を抑制してしまうからです。
15分間の昼寝を心がけ、寝る前はオレンジ色の光で
そうはいっても、受験生の場合は、夜も勉強しないわけにはいきません。良質な睡眠と夜の受験勉強を両立させるためのヒントは、光の色にあります。
ブルーライトには、集中力を高める効果がありますし、眠気を防ぐ効果もあります。ですから集中して勉強するには、太陽光や蛍光灯の光はベストなのですが、そのまま浴び続けていると、メラトニンが分泌されなくなるため、睡眠が阻害され、勉強した内容がうまく記憶できなくなってしまいます。
ところが、寝る3時間くらい前からブルーライトを避けオレンジ色の光を浴びると、よく眠れることがさまざまな研究からわかってきました。そのため夜はブルーライトの成分を含まない電球の下で勉強するのが理想ですが、調色式のLED照明機器(照明光の色が変えられるもの)でも効果が確認されています。あるいはすでにお持ちの蛍光灯やLED照明機器を、電球色の蛍光管やLED管に替えることにより、ブルーライト成分は消えませんが、交感神経優位が副交感神経優位になるため、リラックスした状態になり、スムーズに入眠できることが判明しています。
そこで、私が推奨したいのは、寝る3時間前までは、ブルーライトの下で、暗記や複雑な計算など集中が必要な勉強を行い、就床前の3時間は、オレンジ色の照明で、全体的な流れを振り返るような勉強をする方法です。歴史であれば、ブルーライトの下で年号や出来事を覚え、オレンジの光の下で、時代全体を概観するような勉強をするのです。
そうして光に気をつけていても、受験生ではきちんとした睡眠がとりづらくなるのは確かです。脳が疲労したまま活動すると、午後になって眠気に襲われることになります。そこでお勧めしたいのが昼寝です。
昼休みに15分間昼寝すると、授業中や家庭学習中の居眠りが減少し、休日も平日と同じ時刻に起床できるようになるという研究報告があります。椅子に座って目を閉じ、腕を机に乗せて上半身を支えてじっとしているだけで、脳は休息できます。体を横にしたり、15分以上寝たりすると逆効果ですから、注意してください。
反対に、絶対に避けてほしいのが「夕寝」です。午後5~7時は「睡眠禁止時間帯」であり、ここで寝ると夜寝られなくなります。また、午後7~9時は「入眠禁止時間帯」で、深く寝ようとしても寝られません。どんなに眠くても、午後5時~9時は起きていなければならず、それを可能にするのが、15分間の昼寝なのです。
睡眠時間を一定にし、部屋の環境を整える
最後に、記憶力が高まる良質な睡眠のために、保護者の方ができることをまとめました。
まずは、食事の工夫です。朝食は絶対に必要です。脳は一日に120グラムのブドウ糖を必要とします。人がブドウ糖としてすぐに使えるのは60グラム位です。ブドウ糖はグリコーゲンの形で肝臓に60グラム、筋肉に200~360グラム蓄えられていますが、すぐに使えるのは肝臓に蓄えられた60グラム分です。睡眠中も脳は活動しているため、この60グラムを使い切ってしまい、朝の脳は絶食状態です。朝食は脂質が多いと消化に時間がかかり、午前中の活動に影響するため、魚や納豆、豆腐、牛乳など必須アミノ酸のトリプトファンを多く含む食品を食べさせるようにしてください。このトリプトファンが、先にも述べたとおり、日中にセロトニンに変換され、夜にはメラトニンに変換されるのです。食事に使う油は、不飽和脂肪酸の多い魚の油や、オリーブオイルなど植物の油をお勧めします。
夕食は早めに摂るのが理想的です。現代社会では、夕食は夜食と化しています。あまり遅くにならないように心がけてください。また、夜食はできれば摂らない方がいいのですが、食べるなら、高脂質のものは避け、低カロリーなものにしてください。小魚やアーモンドなどのナッツ類を少量食べるといいでしょう。アーモンドには亜鉛が多く含まれていて細胞の活性化にも役立ちます。また、甘いものが欲しいときには果物や果汁ジュースなど即効性のある物を少々摂るのも構いません。コーヒーや緑茶などカフェインの入っている飲料は、睡眠を阻害しますから、寝る4~5時間前には飲み終えていることが必要です。同様に、ココアやチョコレートもカフェインが含まれているので寝る前は避けるべきです。
先に述べた、部屋の光環境を整えることも保護者の方の大切な役目です。昼間は太陽光に近い照明で、夕方になるとオレンジ色の光に変えられる調色式のLED照明機器が理想的ですが、学習スタンドや勉強部屋の照明機器の蛍光管やLED管を電球色に替えるだけでも、効果はあります。明るいまま寝るのも睡眠の質を低下させますから、必ず消灯させるようにしてください。
生活リズムの管理も重要です。睡眠の質を低下させる夕寝をさせないこと、朝食が摂れる時間に早起きさせることを含め、可能なら休日、平日を問わず就床時間と起床時間を一定にすることをお勧めします。寝る3時間前には入浴し、体温が下がってから睡眠に入る方が、よく眠れますので、このあたりも気をつけてあげるといいでしょう。夜型は避けなければなりません。夜型を急に朝方にシフトするのは、脳に大きな負担がかかることが明らかにされています。ちょうど東回りの海外旅行で起こる時差ぼけと同じことが起こるのです。早くから受験に合わせて、早起きの習慣をつけることが大事です。
朝はきちんと起きて、昼間にブルーライトを十分に浴び、夕方からはオレンジ色の光を浴びて、夜は静かに体を冷やして寝れば、メラトニンがしっかり分泌され、良質な睡眠が得られます。当たり前のようですが、規則正しい生活のリズムこそが、記憶力を高めてくれるのです。