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    公開日
  • 2024年08月13日

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教科「情報」の受験指導  愛知県立高蔵寺高等学校 田中 健 先生

田中健先生は、長年にわたり、教科「情報」の入試科目化、情報科教員の指導力向上や指導環境の改善に向けて取り組まれており、情報科のトップランナーとして現在も幅広く活躍されています。今回のインタビューでは、2025年度入試より大学入学共通テストの受験科目に『情報Ⅰ』が設置されることを踏まえ、前例のない教科「情報」の受験指導について伺いました。

先生の勤務校である高蔵寺高校は、4年制大学への進学率が99%、うち40%が国公立大学を志望する進学校です。今回は先生の勤務校での実際の指導事例も交えながら、情報科の教員に向けた受験指導に対するアドバイスに加えて、進路指導の先生方への提言についても熱く語っていただきました。

『情報Ⅰ』の入試科目化で生徒の意識は変わったのか

—先生は長年、教科「情報」の入試導入を叫ばれてきました。実際に『情報Ⅰ』が共通テストの受験科目となったことで、生徒の意識に昨年までとの違いはありますでしょうか?

田中先生 ありすぎるほどです。入試では1点2点の差が合否を決定する死活問題になりかねないので、国公立大を志望する生徒は既に目の色が変わっている印象です。また私立大志望者も、『情報Ⅰ』は地歴公民や理科などの代替で活用できる科目なので、昨年度までのような「受験とは関係ない」という雰囲気はそこまで感じられないですね。

—先生の勤務校では『情報Ⅰ』は3年生に設置されています。3年次の履修だと未習範囲がある状態で模試を受験することになりますが、どう対応されていますか?

田中先生 各種模試は2年生の2月から始まるので、ある程度まで2年生の段階で学習が終わっているのが理想的なのは間違いありません。内容に目を向ければ、試作問題や各種模試に鑑みるに、第3問のプログラミング(アルゴリズム)問題への対策がしっかりできていれば、未習であっても解けない出題は少ないです。そこで今年度は、3年次の早い段階でアルゴリズムの単元を学習範囲とし、試作問題を体験してもらいました。

—生徒の反応はどうでしょうか?他校の生徒はすでに学習済みであることに焦りはないですか?

田中先生 試作問題(※)や実施済みの模試を見せながら、全体を通じて「時間はかかるけれども、読めば問われている内容は理解できる、知識そのものが出題されているわけではない」傾向にあることを実感してもらっています。ただし、第3問のプログラミング(アルゴリズム)だけは初見では自力ではどうにもならないので、補習で鍛えられる覚悟のある生徒は根詰めてやりましょうという雰囲気を醸成しています。

また、現時点での模試の点数は気にしなくて良いということは話しています。模試で点数が取れずに焦る生徒がいる場合には「本番は1月、それまでにできるようになれば良い」と安心させることが大事ですね。誰が何と言おうが、どんな問題集が出ようが、現時点で確実に参考にできるものは試作問題しかないわけですから。

『情報Ⅰ』のカリキュラム・デザイン
エッセンスを抽出した単元横断型授業で生徒の気づきを促す

—授業や年間のカリキュラム・デザインはどのように工夫されていらっしゃいますか?

田中先生 とにかく先生は司会者、ファシリテーターとして振る舞うのが私のスタイルです。生徒には「お題に対して自分たちで考えてみよう。意見をアウトプットしてみよう。その意見をクラスで共有してみよう」という形で、Student-Centeredな授業を心がけています。意見を口に出すことが求められ、「わかりません」で回避できないことから、田中の授業はウザい、と生徒からはとっても好評です。

それから年間のカリキュラム・デザインですが、圧倒的に70時間では足りないですよね。そこで、各単元のエッセンスだけを抜き出して、内容を融合させた単元横断型の授業を展開しています。『情報Ⅰ』の前身である「社会と情報」「情報の科学」のうち、「社会と情報」の身近で基本的な学習範囲は中学校の教科「技術・家庭」でも学ぶことになっており、『情報Ⅰ』の第1章のあたりで重複しています。特に情報モラルに関する内容は道徳や生徒指導に近しい部分でもありますし、わざわざ『情報Ⅰ』の授業内で取り上げるべき発展的な内容を取り扱うようにしています。「そんなことはわかっています」という目線を向けられるのは痛いですから。

—「情報」の教員が扱うべき内容に重点的に時間を割くといった感じでしょうか。

田中先生 まさにそういうことです。たとえば情報セキュリティの単元で、ただ「ウイルスは危険です」ということを伝えるだけであれば、わざわざ情報の授業で取り上げなくても良いんです。サンドボックスのスマホがデフォルトの今の高校生にとっては、そもそもウイルス対策ソフトという概念がないわけですから。御伽噺の登場人物ぐらい遠い存在なわけです。

なので「そもそもウイルスとは何なのか」を紐解くのが教科「情報」での学びになります。ウイルスの侵入経路やウイルスの挙動と破壊活動、ウイルスの構造といった、技術的な部分にまで踏み込んだ話をするところに情報の先生としての出番があるのだと思います。誰でも言える「気を付けなさい」と違い、「情報技術としてのウイルス」を扱えるのは情報の先生だからこそ、です。期せずしてプログラミングの実習で量産されるデバッグ前の無限ループもウイルスと言っていいのか、みたいなことを議論できるように仕向けるのもおもしろいですね。

—扱う内容の順番は何か工夫されていらっしゃいますか?

田中先生 読者さんには釈迦に説法ですが、教科書に章立てされている『情報Ⅰ』の学習範囲はそれぞれ独立しているわけではありません。数学では微分法の前に必ず二次関数を学ぶはずですが、情報ではそういった段階別・レベル別の分け方はされていません。なかなか言語化は難しいのですが、関係するすべての要素が複雑に絡み合っているんですよね。そういう理由で、1ページ目から順番にページをめくっていくというやり方はまったくオススメできません。

プレゼンテーションを行うにも、どのような仮説を立て、必要なデータを集めて分析し、どのようにスライドにまとめ…といった作業が必要になりますが、こうした内容を扱う教科書単元はまったく違うページに分散しています。先ほど触れた、単元のエッセンスだけを抜き出して融合させるというものがまさにこの仕掛けです。先生自身が何をしたいのか、どんな授業がおもしろいのかを考え、それこそビュッフェのようにワンプレートに盛り付けて、生徒に提示できれば上々です。

ちなみに、私の授業では毎年4月に「情報デザイン×知的財産権×プレゼンテーション」を実施することが恒例になっています。

参考:授業事例280プロダクトデザインを通した「情報デザイン×知的財産権×プレゼンテーション(キミのミライ発見Webサイト)

たとえば今も商品として販売されている四角いフライパンは、それまで当たり前のように丸かったフライパンを四角にしただけで爆売れしたという事実があります。この気づき、情報デザインの側面ではアフォーダンスやユーザインタフェースが相当しますが、知的財産では実用新案権の話になります。スマホのフリック入力も、日本人が発明して某有名企業が買ったと言われており、これにも情報デザインや知的財産が関係してくる。

知的財産権だけを単体で扱うと「著作権とは? 産業財産権とは? 同一性保持権とは?」という法律の覚えゲ―と化してしまい、全然おもしろくないですよね。寝る生徒が出るのも当然です。

しかし視点を変えて、こうした日常と結びつけた事例をもとにすると、「自分だったらどうする?」と情報の学習内容にフォーカスした上で生徒を主体にできるんです。もちろん生徒自身が考案したものには諸権利がついて回りますし、良いものができたら特許庁に出願してそれで在学中に起業することも不可能ではなくなる。学習内容をじぶんごととして捉えることができるようになります。中にはネコ型ロボットが繰り出す秘密道具みたいな荒唐無稽なものに落ち着く生徒もいるんですけれども(笑)。その上で制作意図をまとめて、クラス全体に向けてプレゼンテーションする、となれば立派な単元横断型授業の出来上がりです。

生徒を主役にした授業設計で「情報」での学びをじぶんごとに

—4月からプレゼンテーションをやってもらう?

田中先生 「授業の中心は生徒自身。だから自分たちで動かなきゃ意味がない」という主旨をわかってもらうために、4月からプレゼンテーションを実施します。提出すべき成果物とプレゼンテーションがあることで、知識や思考以外の評価につなげることができるのも教科「情報」がもつ良い一端でもありますね。だから輪をかけて田中の授業は寝られないし、プレゼンテーションが嫌だからといって仮病で休めない(笑)。

—でも、楽しそうですね。すごく。生徒もこういう授業だと乗ってきてくれそうです。

田中先生 新カリで中学からこういった意見表出系のタスクに触れてきているためか、大多数の生徒は乗ってきますね。4月当初から生徒には「授業中にとにかく意図をもって意味を為すように騒ごう」とけしかけています。この単元の後には、情報のデジタル化やネットワークの分野で避けては通れないデータ量の計算問題が出てきますが、必死こいてノートに対峙してカリカリ筆算に明け暮れるのではなく、「8ビットで1バイト!」「ミスった!Kは1024だった!」といった感じでワーキャーする時にも有用です。

一人で考え込むには辛い内容も、電卓を使って、近くに座っている他の生徒も使って、とにかくチームでなんとか解答にたどり着こうというような、生徒同士の協働的な学びになる授業を、年間を通じてつくっているつもりです。何はともあれ、「情報」の学びは教科書の中の世界にではなく、現実の世界にあるんだという意識を生徒に持たせられると良いと思っています。

—後で教科書を見たときに、内容が身近に感じられるようにもなりますね。

田中先生 それがよく教員研修で教えられる「教科書を学ぶのか、教科書で学ぶのか」に通ずるものだと思います。教科書は単なる参考書として扱うぐらいの姿勢で授業を考案すると、おもしろく、授業担当者としてもより一層成長できるのではないでしょうか。

プログラミングの問題は補習で入試対策
授業と補習で目的を分ける

—プログラミングの問題については何か対策はされているのでしょうか?

田中先生 補習としてプログラミングの問題演習を行っています。授業の中で取り扱っても良いのですが、演習問題に舵を切ると塾的になってしまい学校である必要がなくなってしまいます。だから、授業は授業で、生徒同士を思いっきり絡ませる。補習は補習で、得点力を上げるといった形で、きっちり目的を分けています。

放課後の補習では、とにかく出題形式に慣れるのが肝要なので、プログラムの難易度は高いのですが「情報関係基礎」の過去問を読み解く、という補習を実施しています。現時点ではなかなか解説本などは出回っていないので、生徒とともに解答や問題の意図を探る方向へもっていくと、先生としても楽しめると思います。

—プログラミングは苦手な生徒も多いと思いますが、プログラミングの指導について、情報科の教員に向けてアドバイスはありますか?

田中先生 これは全国の先生というよりも、メディアに対して声を大にして言いたいんですけれども、共通テストでのプログラミングで問われるのは、アルゴリズムの理解なんです。アルゴリズムとプログラミングは似ているようでまったく違うものを意味していると、まず生徒に理解させるところから始めないといけません。

オーソドックスなのはプログラミングの授業の冒頭で、まず「プログラミングってそもそも何?」とお題を出します。すると「機械への指示」だとか「ものが動く手順が組まれたもの」などという答えが返ってくることが多いです。でも、それってプログラミングではなく、アルゴリズムなんです。

アルゴリズムをきっちり構築した上で、それをコンピュータが理解できるようにプログラミング言語で書き換えることがプログラミングなのであって、プログラミングの本質は「最初はこれ、次にこれ、それが終わったらこれ」というアルゴリズムを、初めから最後まできっちり組み立てることにあるんです。共通テストでも問われるのはアルゴリズムですよね。このことに早期に気付かせるような授業を心がけるようにしてはいかがでしょうか。

—共通テストのプログラミング問題で使用される共通テスト用プログラム表記への対応はどうしたら良いでしょうか?

田中先生 共通テスト用のプログラム表記は、日本語を別の形で表した疑似言語という扱いです。形式に慣れるまでは少々時間はかかるでしょうが、問われているのはあくまで日頃から無意識に行っているアルゴリズム構築なので、ストーリーの流れさえ追えたら心配することはありません。

「大丈夫。なんだかんだいって、何をしているかというアルゴリズムはわかるように日本語で書いてあるから」ということが言える教員がいれば生徒も安心できますし、実際に試作問題を解いてみれば納得できるはずです。なので、まずは生徒の不安を取り除くような工夫を凝らすのが求められていると考えています。

教科「情報」の受験指導 情報科教員へのアドバイス

—情報科の教員の受験指導について、ぜひアドバイスをいただけますか。

田中先生 まずは最低限、試作問題をひととおり解説できるようにしておくことです。「この先生、わかってないな」というのは生徒に一瞬で見抜かれますから。何か不安そうな先生だなと。実際に自分でも解いてみると、どこで詰まるのかが実感できるはずです。先生が詰まった箇所は生徒もほぼほぼ詰まるので「確かにここは難しい」とか「先生はこう考えた」など生徒が共感できるような体験を共有することで、共通理解が生まれ、初めての共通テスト『情報Ⅰ』に向けて生徒と一緒に学んでいく土壌ができると思います。雰囲気とか環境とかって授業には本当に大事です。

これを踏まえ、先生なりの方針を提示できると生徒にとっては安心材料になるでしょう。これから初めて実施される入試、生徒は何を拠り所にしたら良いのか分からないのが実情です。今偉そうに語っている私ですら正確なところはわからないという状況なので、「何をやったら良いですか」という当たり前の質問にも、現時点では誰にも答えられません。

であれば「この先生についていこうかな」と生徒が思えるように、「各社模擬試験を一緒に解いて考えてみる」ことが落としどころになるのかなと思っています。私が言うのもなんですが、模試はかなりの研究がなされた上で製作されており、今できることとしての最適解と言えます。ぜひ、多方面に活用していただければと思います。

進路指導教員に向けたメッセージ

—最後に情報科以外の先生方、進路指導担当の先生方に向けてのメッセージをお願いします。

田中先生 残念ながら2003年に始まって20余年になりながらも、高校における教科「情報」に対する理解はまだまだ進んでいません。まずは進路担当の先生として「情報」という教科に興味を寄せていただきたいというのが切なる願いです。久しく、要らない教科だとか、片手間でやる教科だとか言われてきたわけですが、今年度からは生徒の人生が変わる受験教科ですから、その認識は改めないといけません。

今でこそ入試における「情報」の配点は低く抑えられていますが、別稿でお示ししたとおり、今後情報専任が配置されていくにつれて、入試における「情報」の配点も是正されていくと予想されます。そうなったときに進路の先生に知識がなければ、一番困るのは相談できなくなる生徒ですから、初年度の今から「情報の入試って何?」と興味を持っていただきたいというのが本音です。

「情報」では何が出題され、どういうことが問われているのか、まず試作問題を軽くで良いので見てみてください。そうすれば「ああ、生徒はこういうものを解かなきゃいけないんだな」と思えるはずです。まずは「入り口に立ってみてください。可能ならご自身で問題を解いてみてください。意外とおもしろいですよ」というのが、第一に言いたいことです。

参考:教科『情報』への閑却に物申す~国公立大学共通テスト「情報Ⅰ」配点割合の不可思議~(情報機関誌「情報通信i-Net」数研出版Webサイト)

二つ目は、実際にお近くの「情報」の授業を覗いてみてくださいということです。所属校で難しければ、実践事例として公開されている先生の所に「授業を見せてくれ」と連絡をしてみるのも自己源泉で良いことです。情報科の先生は各校1人のパターンが非常に多いため、どうしても差が出るのは致し方ありません。ぜひ、トップランナーとして精力的に活動されている先生の授業を見てみると、今までの認識が変わるパラダイムシフトやアハ体験につながるかもしれません。私、田中の授業にもぜひお越しください。進路指導の先生方にも、生徒同様、教科「情報」をじぶんごととして捉えていただければ幸いです。

2024/05/31取材

田中健先生近影

田中 健 修士(インターネット言語教育学)


プロフィール

私立高校教諭、愛知県立の他校教諭を経て、2020年より高蔵寺高校の情報科専任教諭。教科書・指導書「情報Ⅰ」「情報Ⅰ Next」・問題集「プログラミングドリル」(数研出版)などの執筆のほか、教科「情報」に関連する各種試験にも携わる。

近著『でぶどりと学ぶ田中先生のITパスポート教科書&問題集』令和6年9月発売予定(CQ出版社Webサイト)

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