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    公開日
  • 2025年10月27日

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大阪府の高校授業料無償化で新たに問われた公立高校の意義 大阪府教育庁 水野達朗教育長

この記事のポイント!
  • 視点によって異なる無償化の評価
  • 公立の強みは多様な教員と実業教育
  • 大阪の公立高校はどう再編されるのか
  • 無償化時代に試される教育行政の力
  •  大阪府では、2024年4月から私立高校授業料を段階的に無償化した影響もあり、2025年度入学者選抜では府内公立高校の半数近い79校が定員割れとなり、志願者数・学校数ともに減少傾向にある(図)。2026年度からは国において無償化が実施される見通しの中、大阪府教育庁の水野達朗教育長に制度導入の影響や公立高校の意義、そして大阪府が進める「府立高校改革」についてお話を伺った。

    この記事は、 Guideline2025年10・11月号「変わる高校教育 『私立高校無償化』の影響は」 とあわせてご覧ください。

    視点によって異なる無償化制度への評価

     無償化を受けて大阪府の高校選択はどのように変化したのか。水野教育長は次のように話す。

    「保護者から見れば、経済的に厳しかった家庭が私立高校を選べるようになったことは歓迎すべき変化です。次に、私立高校の視点。私立高校の専願率が約3割まで上昇し、子どもたちに選ばれたことは喜ばしい一方で、生徒数増加により教育の質が落ちることのないよう努力が求められます。また、大阪府には多くの私立高校があり、効果を実感している学校もあれば、影響が限定的な学校もあるでしょう。最後が公立高校の視点です。私立専願率の上昇は公立高校が選ばれなかったことを意味します。実際に定員割れも起きており、公立高校にとっては厳しい状況です。だからこそ、学校ごとに選ばれる戦略を描く必要があります。」

    (図)大阪府 公立高校設置数と公立高校延べ志願者数(全日制課程のみ)
    (図1)大阪府 公立高校設置数と公立高校延べ志願者数(全日制課程のみ)

    無償化の成果や課題は、どの立場から見るかで大きく変わる。だからこそ両論併記で分析していく必要があると水野教育長は語る。

    公立の強みは多様な教員と実業教育

     私立専願率が上昇したことで、公立高校は選ばれるための工夫をより一層強化している。その一つが、施設整備だ。夏休み期間を利用して普通教室の内装を改修したり、老朽化したトイレを改修したりするなど生徒が学びやすい環境づくりが進められている。

    「これまで、府立高校のトイレは洋式化率が60%程度でしたが、来年度末には府立学校全体で92%以上まで整備が進む予定です。これは、無償化を受けて私立専願率が上がったことを背景に、公立も努力しなければならないという流れの中で加速した取り組みです。」

    さらに、今回の無償化を受け、「公立高校にしかできないこと」を改めて議論する機会が増えたと水野教育長は強調する。

    「公立の強みを挙げるとしたら、教員の多様性もその一つです。公立高校の教員は異動を通じてあらゆる経験を積み、共通の研修を受けます。各校でさまざまな特色がある中、150校近い規模の高校の教員が集まることで、どんどん先生のつながりも広がります。これは私立高校にない強みです。」

    もう一つ、公立高校の存在意義を象徴するのが実業教育である。工業・農業・商業といった分野は、高額な設備や維持費がかかるため私立では経営的に難しい。

    「工業高校にはフライス盤や3Dプリンターなど高額の機械が実習室に並び、農業高校では牛などを飼育し広大な農場を管理しています。教育環境の維持に多額のコストがかかることもあり、公費で支える公立が担うべき領域であり、今後も実業高校にはより一層力を注いでいきたいと考えています。」

    もし無償化がなく、専願率にも大きな変化がなければ、公立の強みがここまで議論されることはなかっただろう。水野教育長は公立・私立が互いに切磋琢磨することが教育全体の質を高めることにつながるという。

    大阪の公立高校はどう再編されるのか

     無償化を契機に、公立高校は強みの再確認と改善に取り組んでいるが、大阪府では定員割れや募集停止となる公立高校が出てきているのも事実だ。こうした状況を踏まえ、大阪府教育庁は、府立高校の魅力化・特色化に向け「府立高校改革アクションプラン」を作成している。府立学校条例及び府立高等学校再編整備計画では3年連続で定員割れの場合に再編整備の対象になる可能性があること、2023年度からの5年間で9校程度の募集停止を公表することが記載されているが、アクションプランには、少子化を踏まえた将来の学校数の試算も盛り込まれ、「2040年には現在より32校程度減り、104校程度になる」という試算が注目を集めた。しかし、水野教育長はこう指摘する。

    「この試算は学校数を減らすことが目的ではありません。人口動態を踏まえた試算を示すことで、どの学校に投資を集中すべきか、地域ごとの就学機会をどう守るか議論をすることが可能になります。現在3年連続で定員割れしている公立高校は約20校ありますが、すぐに募集停止しているわけではありません。一度に5校、6校と募集停止にしてしまえば、生徒の進路選択に大きな影響が出てしまいます。だからこそ、段階的に、慎重に進めています。何より地域のバランスが大切であり、ここの学校がなくなったら通えない生徒が出てくると判断した場合、その学校は残します。我々教育委員会のミッションは就学機会の確保というのが1丁目1番地であることに変わりはありません。」

    また、この試算をきっかけに、複数学科併置の学校『地域拠点校』の発想など新たな議論が生まれた。このような取り組みは、抱える教育事情が地方・自治体によって異なるとはいえ、今後全国的にも注視されるだろう。

    水野達朗氏(大阪府教育庁 教育長)

    無償化時代に試される教育行政の力

     大阪府の事例から見えてくるのは、高校授業料の無償化が家計支援にとどまらず、高校教育そのものの構造を大きく変える可能性を秘めているということだ。ただ、教育の質向上につながるかどうかは、制度そのものではなく「どう運用するか」にかかっている。これは、大阪府だけの問題ではない。2026年度から国において無償化が始まる見込みだが、都市部と地方とでは直面する課題も異なり、画一的な対応は難しい。だからこそ、より一層「無償化制度をどう生かすか」という視点が欠かせない。水野教育長はこう締めくくった。

    「運用する側である教育委員会の努力と工夫によって、子どもたちのメリットを最大限発揮できる余地は十分あります。無償化によって私立に生徒が流れて公立が衰退し、教育の質が下がるのではないかという懸念の声もありますが、公私の切磋琢磨を、教育行政がバランスを取りながら進めることで、全体の教育の質の向上をめざしたいです。」

    関連コンテンツ

    全国に先駆けて高校授業料無償化を実施した大阪府。府内の私立高校に、どのような影響をもたらしているのか。大阪私立中学校高等学校連合会会長の草島葉子先生に制度の背景や課題などを伺いました。


    進学情報誌「Guideline(ガイドライン)」では、最新の入試動向はもちろん、広く教育界に関わる動きなど進路指導のための情報をお届けしています。

    2025年10・11月号では、「『私立高校無償化』の影響は」のほか、「総合型・学校推薦型選抜のこれから」「次期学習指導要領 検討のポイント」などを特集しています。

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