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暮らしの中の「当たり前」を考える
~よりよい生活、暮らしやすい社会を築く試み~

2017年10月11日掲載

第二次世界大戦末期の広島・呉が舞台のアニメ映画『この世界の片隅に』。この映画で主人公の北條(浦野)すずの声を担当している女優ののんさんは、戦争という過酷な状況の中でも、知恵を絞って工夫し、楽しく生きていく主人公の姿から「普通でいられる事が幸せだなあと思わせられる作品だと思う」と語っています※1

昔から人々はさまざまな工夫をしながら「当たり前」の暮らしを守ってきました。物質的に不自由のない豊かな暮らしが「当たり前」になっている現代ですが、本当にその暮らしは「当たり前」なのでしょうか。いまの暮らしには何の問題もないでしょうか。

暮らしの中の「当たり前」に隠された工夫や取り組みを例に挙げながら、改めて「当たり前の暮らし」とは何かを考えてみましょう。

※1 劇場用長編アニメ『この世界の片隅に』公式サイトより

「当たり前の暮らし」の中にある、様々な工夫や取り組み紹介

これまでの暮らし

衣食住1
経験に基づく「おばあちゃんの知恵袋」には科学的根拠がある

料理の「さしすせそ」をご存じですか。「さしすせそ」とは、砂糖、塩、酢、醤油(せうゆ)、味噌のこと。和食の味付けの基本となる5つの調味料はこの順番で加えることでおいしくなるといわれています。

味覚に関するコンサルティングなどを行うAISSY 株式会社のホームページには、「さしすせそ」の順番とその逆の順番で調味料を加え、味を比較する実験レポートが掲載されています※2。結果は、「さしすせそ」の順に入れた方が丸く優しい味になり、甘みの変化は味覚センサーでも確認されたそうです。

では、どうして「さしすせそ」の順に入れるのがよいのでしょうか。砂糖は分子が大きく、素材に味がしみこむのに時間がかかります。塩は砂糖に比べると分子が小さく、素材にしみ込むのが速く、もし塩を先に入れてしまうと、砂糖の入る隙間がなくなってしまいます。一方、酢、醤油、味噌は発酵調味料で、長く加熱すると香りや風味が飛んでしまうから、あとで入れるのが良いとされています。このように昔から当たり前に行われてきたことの裏には科学的根拠があります。

※2 http://aissy.co.jp/ajihakase/blog/archives/7326

衣食住2
衣食住全般を科学的な視点で検証した『暮しの手帖』

生活を科学の視点でとらえ、生活に関わるさまざまな問題を取り上げ、解決を考えるのが家政学ですが、明治の頃までは裁縫を中心とした家事教育でした。もっと生活を科学的・実証的に教育・研究しようと、日本で初めて家政学部が開設されたのは日本女子大学校で、1901 年のことです。1948 年には家政学が大学教育として認められ、女子大学では初めて新制大学として認可されました。

同じ頃、2016年に放送されたNHK 連続テレビ小説『とと姉ちゃん』のモデルとなった大橋鎭子と花森安治らは、一人ひとりが自分の暮らしを大切にすることで、戦争のない平和な世の中を実現したいと『美しい暮しの手帖』(のちの『暮しの手帖』)を発行しました。『暮しの手帖』で特に大きな反響を呼んだのは、実名を挙げて商品を評価する「商品テスト」です。実際に家で使うように、編集部員が何度も繰り返し商品を使ってみて報告する商品テストでは、ソックス、ベビーカー、石油ストーブ、洗濯機など、日用品から電化製品まで徹底的に調べられました。また、石油ストーブであれば、火が出た場合、どう消火するかまでテストが行われました。

1950年代半ばからの約20年間、日本の高度経済成長期には、さまざまな技術革新がもたらされ、大量生産・大量消費の時代でした。人々は暮らしに「便利さ」を求め、「安全・安心」はどこか置き去りにされた感は否めません。そういう時代にあって、「暮しの手帖」は「安全・安心」な当たり前の暮らしを守る取り組みだったといえましょう。

これからの暮らし

住まい
現代社会で求められる人の「こころ」を大切にした建築やまちづくり

「ここにいると、とても落ち着いた気持ちになれる」「この風景を見ると、嫌なことも全部忘れられる気がする」――そんなふうに感じる場所はありませんか。その場所は家だったり、学校の図書館だったり、祖父母の住むまちだったり、人それぞれですが、何らかの共通点があるはずです。安全を求めるからといって、ただ頑丈さだけを追求した城砦のような建物では心に安らぎを感じることはないでしょう。またデザイン面ばかり追い求めると、機能性に難が出てきて、快適さが損なわれてしまいます。これは一つひとつの建築物だけでなく、まち全体にもいえることです。

昨今、都会では隣人の顔もよく知らないことも珍しくありませんが、安全・安心な暮らしを実現するためには、人々がそれぞれの暮らしを楽しむと同時に、必要に応じて交流や助け合いをしやすいまちづくりが求められます。そこに暮らす人、利用する人の視点を大切にした建築とまちづくりを考える取り組みが、特に2011年の東日本大震災後、活発になってきています。その一例として、東京ガスでは毎年、建築環境デザインコンペティションを行っていますが、2016年の第30回は「人のこころを守る建築」が課題として取り上げられました。

地域支援
誰もが「当たり前」の暮らしができるような地域の取り組みが必要

私たちの暮らしは、物質的に豊かになりました。女性の社会進出も進みました。ライフスタイルが変わるとともに、新たな暮らしに関わる課題に直面しています。そのひとつが高齢者の介護問題です。「国民生活基礎調査」(厚生労働省)によれば、1975年、全体の16.9%を占めていた三世代世帯は、2016年には5.9%にまで減少しています。逆に増加しているのは単独世帯と夫婦のみの世帯で、単独世帯には一人暮らしの高齢者も少なくありません。核家族化が進み、老老介護など、介護する側の高齢化が進む中、地域で介護を支援するシステム必要性がますます高まっています。

介護は介護保険制度の整備や訪問医療サービスの充実だけで解決するものではありません。どんな手厚い介護サービスを受けようとも、「ちょっとした工夫で家の中での移動を楽にする方法はないか」「日常的に手に入る食材を上手に使って栄養の偏らない食事を考えるのは大変」など、いろいろと不安や悩みが出てくるものです。それは介護される側・する側にとっては、介護が暮らしの一部だからです。そうした生活者の視点から問題を考え、誰もがよりよい暮らしができるよう支援することは今後ますます必要になってくるでしょう。

「当たり前の暮らし」を見つめ直し、守る方法を考える

私たちは特に日々の「暮らし」を意識することなく、毎日を過ごしています。しかし、そういう「当たり前」の暮らしがなければ、日々を楽しみ、幸せに生きていくことはできません。

このオススメ記事では、「当たり前の暮らし」の中にある工夫や取り組みとして、4つの例を挙げてきましたが、皆さんが進学する大学には、そうした「当たり前の暮らし」について、科学的に学んだり、暮らしを守る方法を考案したりする学問があります。日々の暮らしについて、さまざまな視点から実証的・科学的に学び、問題を自分のこととして考えることは、とても興味深い体験になるでしょう。大学4 年間で自分の「暮らし」を見つめ直すとともに、「暮らし」を楽しみ、守っていく方法を考えてみてはいかがでしょうか。


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