河合塾の大学入試情報サイト

宇宙の謎の物質
ダークマターの正体をめぐる旅へようこそ

2023年11月10日掲載

宇宙の謎の物質 ダークマターの正体をめぐる旅へようこそ

宇宙にふんだんに充ちているにもかかわらず、見ることができず正体も明らかになっていない未知の物質、ダークマター(暗黒物質)。現在の科学では、いまだ確認できない存在でありながら、さまざまな傍証により実在することはほぼ確実と言われる未知の物質は実は宇宙の成り立ちにも深く関わっています。解明できれば、間違いなくノーベル賞ものと言われるダークマターの、正体の探求に挑む物理学者の取り組みをみていきましょう。

宇宙物理と素粒子物理がリンクするダークマター解明への道

銀河の観測から予言されたダークマター

ダークマター(暗黒物質)という概念が登場したのは1930年代。当時の天文学では、宇宙にある銀河団(銀河系の大集団)の観測が盛んに行われていて、スイスの天文学者のフリッツ・ツビッキーが観測した銀河団の質量や運動から必要な重力を計算したところ、もっと大きな重力源がないと説明がつかないことに気づきました。1937年の彼の論文には、観測できない謎の物質の存在について「dark matter(ダークマター)」と、記されています。

その後、1970年代後半になると、銀河について詳細な観測が行われるようになり、銀河の回転速度の測定に注目が集まりました。アメリカの女性天文学者であるヴェラ・ルービンが、アンドロメダ銀河(M31星雲)の回転速度の測定を行ったところ、アンドロメダ銀河の中心と縁では、それほど速度が変わらないという結果になりました。しかし、ニュートン力学を基本とした物理学で考えると、遠心力と重力の関係で質量の多い中心部から距離が遠くなるほど速度は遅くなるはず。その計算と反した結果を説明するためには、光学的に観測された質量の10倍の質量が存在するはずだと、彼女は結論づけました。これはアンドロメダ以外のあらゆる銀河にも当てはまる現象だったため、観測不能な未知の物質が大量に存在しているという仮説を発表。再びダークマターに注目が集まるようになりました。

この問題に対し、ニュートン力学そのものへの疑問も生まれました。銀河などの天文学的なスケールになると、従来のニュートン力学が成立しなくなるという考えから「修正ニュートン力学」という仮説が誕生。しかしその後、ダークマターの存在を肯定するさまざまな現象が観測され、ダークマターの正体を巡る研究が、幕を開けました。

重力がダークマターの存在を肯定する

ダークマターの存在を決定づけたのは、「重力レンズ」と呼ばれる現象です。一般相対性理論では強い重力源の周囲で空間が歪み、光もその歪みにそって曲がることが示されています(図1参照)。そこで、銀河団などの大質量の天体の周辺では、その重力源を迂回するように光が進み、その向こう側にある天体がダブって見える「重力レンズ」の存在が予言されていました(図2参照)。

その後、1979年に重力レンズが実際に観測、その後、多くの重力レンズが発見されています。この重力レンズとなる銀河の質量を推定すると、観測から得られる質量と、重力レンズ効果をもたらす重力の大きさにかなり隔たりがあることが判明。つまり、レンズになった銀河には、観測できない未知の質量を持つダークマターが存在することの証明になったのです。

もうひとつ、決定的な証拠となったのが、宇宙背景放射です。宇宙が誕生したビッグバンの直後は、高密度で高温(3000K)の光と物質で満たされており、その後の宇宙の膨張とともに孤立した光が現在は約3Kの温度をもつマイクロ波としてこの宇宙空間を漂っています。これを宇宙背景放射といい、1989年にNASAが打ち上げたCOBE衛星(2006年ノーベル物理学賞)により精密に測定され、その後も観測衛星により精度の高い観測と研究が続いています。その結果、宇宙に満ちている宇宙背景放射には温度分布にゆらぎ(むら)があり、その原因はダークマター由来の重力のゆらぎであることが明らかになっています(図3参照)。同時に、宇宙背景放射の解析から、この宇宙の組成も明らかになりました。驚くべきことに私たちが知っている通常の物質は全体のわずか5%。残りは27%が未知のダークマター、そして68%がさらに謎なダークエネルギーであるというものでした(グラフ1参照)。通常の物質の5倍以上の量のダークマターが存在しているというのです。

図、グラフ

ダークマターの候補と考えられる未知の素粒子

では、このダークマターの正体は、一体どのようなものでしょうか?

その有力な候補となっているのが、まだ発見されていない未知の素粒子です。素粒子は物質を構成する最小単位で、現在17種類の素粒子が確認されています。しかしその中に、ダークマターに値するような存在はありません。現在の物理学では、観測が難しい未知の素粒子が存在し、それがダークマターの正体であるという仮説が主流になっています。

未知の素粒子といっても、さまざまなモデルが考案されていますが、最も有力視されているのが、「WIMP(ウィンプ)」と呼ばれる理論上の素粒子です。「Weakly Interacting Massive Particle」の略で、「弱く相互作用する質量のある粒子」と訳されます。WIMPモデルで想定されている要件は、原子と同じくらいの大きな質量で、相互作用が弱く電荷をもたない中性であること。同時に、宇宙の初期に生成され今に至っていることから、少なくとも宇宙年齢程度まで安定した存在だともされています。

もうひとつの候補となっているのが、「AXION(アクシオン)」と呼ばれる未発見の素粒子です。これは素粒子物理の別の問題から予言されている理論上の素粒子モデルで、WIMPとは異なり質量は小さいのですが、量が桁違いに多いと考えられています。これもダークマターの正体になりえると言われています。

WIMPやAXIONの存在はまだモデルの域を出ておらず、ダークマターであるかどうかも、まだ確かめられていません。もしかしたらダークマターは、WIMPかAXIONのどちらかなのかもしれないし、両方ともそうなのかもしれないし、あるいは両方とも違うのかもしれません。

世界で競われるダークマター探求への挑戦

今、世界中の素粒子物理学者たちが挑んでいるダークマターの正体を探求する研究。

私たちが暮らす太陽系がある天の川銀河にも、他の銀河と同様にダークマターが存在しているはずで、未知の素粒子が正体であるとすれば、地球上でも検出することができると考えられており、さまざまなアイデア・モデルを考案し、未知の素粒子を検出する研究・実験を行っています。

そのひとつが、日本の研究者も参加する国際研究チームが、イタリア中部の山岳地帯の地下深くにあるグラン・サッソ研究所で行っているプロジェクトです。希ガス元素であるキセノンを液化して満たした検出器を使って、キセノン原子にWIMPがぶつかった痕跡を探しています。WIMPは質量がキセノン原子と同等と想定され、その衝突でキセノン原子が発する微弱な光を捉えるという試みです。

また、太陽系は白鳥座の方向に向けて移動しており、ダークマターで満ちた宇宙空間を高速で進んでいることになります。そこで、特に白鳥座方向から衝突するWIMPの痕跡を検出する、方向感度を持ったダークマター探索の試みも行われています。いずれもWIMPを想定した実験で、この方法ではAXIONは検出できず、AXIONを見つけるためにはまったく別の方法でのアプローチが必要になります。そして今現在、世界のどの研究チームも、未知の素粒子の確たる証拠をつかめてはいないというのが現状です。

このようにダークマターの正体の解明は、21世紀最大の命題のひとつ。未知の素粒子は、私たちがまだ知りえない物理法則と結びついている可能性が高く、その正体を見極めることは、科学の飛躍的な発展につながると期待されています。

Columnダークマター候補だった「ブラックホール」と「ニュートリノ」
©EHT Collaboration
©EHT Collaboration

ダークマターは、膨大な質量を持つ存在であり、その候補として早くから注目されていたのがブラックホールです。ブラックホールは高密度で大きな質量を持ち、強い重力により光さえも出られない天体。特に宇宙の創成期に作られた大質量の原始ブラックホールは、ダークマターの正体として常に候補に挙げられてきました。しかし、宇宙背景放射などの現象を説明するには不十分であることから、否定はされていないものの可能性は低くなっています。

また、日本の研究者が解明に尽力してきた素粒子である「ニュートリノ」も、かつてはダークマターの本命とされていました。しかし、岐阜県の神岡鉱山に設置されたスーパーカミオカンデなどを使った研究により解明が進んだことで、ニュートリノの質量が小さいことが明らかになり、ダークマターの主成分とは合致しないことが明確になりました。

東邦大学理学部 物理学科東邦大学理学部 物理学科

ダークマターの正体を探求する研究は、宇宙物理学と素粒子物理学という大きな2つの分野にまたがった領域です。いずれも、人類がまだ解明していない未知の存在を求める、エキサイティングな分野だといえるでしょう。東邦大学理学部物理学科は、宇宙物理学や素粒子物理学を本格的に取り組める研究室・教授陣と環境が揃った数少ない大学のひとつです。

PAGE TOP