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  • 2023年5月29日

ICTで変わる高校教育と大学入試 授業デザイン研究所代表 三浦隆志 氏

この記事のポイント!
  • この記事は、2022年度JCERIレポート「『学ぶ力』を見るチャレンジングな入試が増えることを期待したい」より作成しました。

学校では「社会・世界・未来」を主体的につかむ力を実現する

必要な情報をつかみ取り、物事を立体的に考える力が重要になる

高校現場では今、先生方が悩み、迷いながらも、多様な取り組みを進め、さまざまな形で学びが変わり始めていると、私は感じています。

変化を促進したポイントの一つは、新学習指導要領が掲げる高等学校で資質・能力を育む理念が少しずつ浸透してきたことです。生徒たちが大人になり、正解のない苦難に直面した際に、個人で、あるいはさまざまな人たちと協力して、課題を解決し乗り越えていく力を学校教育で身につけさせなければならない。それはもう先生方の共通認識になっているでしょう。

その背景には、生徒たちを取り巻く情報環境の変化があります。

私が高校生だった頃は、テレビ、ラジオ、雑誌など、限られたメディアから情報を収集して、五木寛之の『青年は荒野をめざす』や、沢木耕太郎の『深夜特急』などの書物に触発され、「こんな時代が到来するのかな」と、漠然と思い描いていました。「社会・世界」や「未来」は、自分を中心とした同心円上に広がっていたのです。

それに対して現在の高校生はどうでしょうか。情報はシャボン玉の泡のように溢れ返り、いつでもどこでも誰でも情報を獲得できる状況になっています。同心円上とシャボン玉が重なっている状況と言ってもいいかもしれません。

それだけに、いまの高校生には、溢れている雑多な情報の中から自分に必要な情報をつかみ取り、あるいは多様な情報を組み合わせて、物事を立体的に見る力や、主体的に「社会・世界」「未来」をつかむ力が重要と考えます。

その力は新学習指導要領の理念に通底するところでもあります。これからの学校では、単に知識や技能を一方的に教えるだけではなく、思考力、判断力、表現力や、学びに向かう力の養成が重要になります。

もちろん、そのようなことは高校の先生方にとっては自明のことでしょうが、具体的に学校教育の中でどう実現していくのか、そこにご苦心されていると思います。

授業と評価にICTを導入したその後で

ICT活用には授業改善を伴うことが不可欠

それを解決する手段の一つがICTの活用です。ただし、異論もあります。

かつて私が在籍していた高校で、ICTを導入する際にも「授業中に勝手にYouTubeを見る生徒が出てきたら困るではないか」という議論になりました。けれども、それは生徒にとってつまらない授業をしているからです。おもしろい授業にすれば生徒は学びを進めます。

たとえば私は、かつてある高校で、興味深い「国語表現」の授業を見学したことがあります。

「最寄駅まで来た町外の人に、高校までの道順をどう案内したらいいか」という課題に取り組んでいたのですが、画期的だと感じたのが、AIドリル、YouTube、Googleマップなど、その授業の目標を達成するためなら何を使ってもOKにしていたことです。

つまり、問題解決の道具としてICTの活用を認めたわけです。すると生徒たちは、グループで話し合って、最適な方法を模索し始めました。後日談を聞いたところ、文章の案内だけでなく、地図付きのチラシや、映像を作ったグループもあったそうです。

以前の「国語表現」の授業というと、「天声人語」「春秋」など、いわゆるお手本が示され、文章の形式論を学ぶことが主体だったでしょう。ところが同校の場合は、本当に相手に伝わるためには、どの方法が有効なのか、文章にこだわらず工夫させているわけで、そこが素晴らしいと思います。

まさに、正解が一つではない問いに対応する力を育む授業にもなっていると言っていいでしょう。

同校がこうした成果をあげることができたのは、単にICTを導入して終わりではなかったからです。そもそも生徒は検索だけ、AIドリルだけをやっていると、すぐに飽きてしまいます。

この高校はかつて、学びから逃避しがちな生徒が多い学校でもありました。そんな中で、先生方は、どうすれば生徒が食いつき、真剣に課題に取り組んでくれるようになるのか、3年間かけて試行錯誤を重ねてこられました。

つまり授業改善を伴っていたわけで、それが生徒たちの現在の主体的な姿勢につながっているのです。

「主体性」の評価のために、上手に見取るタイミング・シーンを共有する

ICTのその他のメリットとしては、生徒の発言などを、テキストや音声で残せるようになったことです。後でどの生徒がどのような意見を言っていたか振り返ることで、評価の道具にも使えるでしょう。

ただし、常に振り返っていたのでは先生方は大変になりますから、単元の中のどこかのポイントだけでいいと、私はアドバイスするようにしています。

もっとも、ICTの利活用によって、評価がドラスティックに変わることはない気がします。よくAIを用いればすぐに評価が可能になるのではないかと言われますが、そんなカラオケの採点マシーンのような評価ができるようにはならないでしょう。

評価については、新たな学力要素である「主体性」などをどう評価するかということが、先生方の悩みになっているようです。結局のところ、生徒がどのように学んで、自分の中でどう咀嚼して、考えを深めたことをどう発信しているのか、先生方が上手なタイミングで見取り、評価していくしかないというのが、私の意見です。

もちろん、生徒一人ひとりをずっと見続けるのは困難ですし、40人もの生徒を相手にして大変なわけですが、上手に見取るタイミング・シーンを先生方同士で共有していけば、次第に次のフェーズが見えてくる気がします。

これからの入試で問われること

多様な情報から必要なものをピックアップする力も「読解力」である

ところで、大学入学共通テストでは、求められる力が大幅に変化していますが、この傾向は続くと、私は考えています。

たとえば読解力には、テキストを読む力だけではなく、多様な情報の中から必要なものをピックアップするような力もあります。

私の専門の日本史でも、後者の読解力を問う入試問題が出題されるようになっています。そうした出題傾向の変化に対して、「問題に対してノイズが多すぎる。受験生を惑わす悪問だ」という先生もおられます。

「今後、歴史総合になって、テキストの内容だけではなくて、写真、表・グラフもある中で、情報を適切に取り出すことも重要なポイントになるので、その力を見る形に変わっていくと思いますよ」と申し上げると、「学問としての歴史を冒涜するのか」と、議論は物別れに終わった経験があります。

けれども、もともと学問とは、いろんな考え方があっていいはずです。新しい史資料が出てきたら、また新たな議論が起こる世界でもあります。教科書イコール受験知識と思われてきたかもしれませんが、「歴史総合」の新しい教科書を見ると、多彩な工夫がされています。

簡略な教科書で大学受験は大丈夫なのかという議論もありますが、私は教科書そのものを教えるのではなく、教師が用意した史資料のさまざまな情報から必要なものをピックアップできるような学び方さえ身につけさせておけば、受験においては十分なのではないかと考えています。

新学習指導要領に沿った出題は、今後の大学の重要なテーマ

今後、どのような入試問題が望まれるのか、大学にとっても重要なテーマです。

私は、ある私立大学の入試委員の先生方と懇談した経験がありますが、そのなかで、「従来のような知識を問う『穴埋め問題』のままでいいのか、それとも新学習指導要領の理念に沿った出題にする必要があるのか」というご質問がありました。

私は「大学できちんと学べる力を身につけている学生を選べるような問題を出題するほうがいい」と申し上げました。これまでのような大量の情報を処理して反射的に答えをつくる勉強、すなわち問題集漬けにして、パターンを覚えれば解けるような入試のあり方から脱却して、本当の意味での学ぶ力を見る入試になってほしい。

それが小論文になるのか、各教科で問うとしたらどういう方法がありうるのか、大学側で議論して、チャレンジングな試みが出てくることを期待します。

学びの変化を踏まえた大学入試への期待

年内入試が拡充される中で、よりきめ細やかなアフターケアも確実に

大学入試に関しては、いわゆる「年内入試(総合型・学校推薦型選抜)」の拡充も気になるところです。

かつては、AO・推薦入試は青田買いではないかというとらえ方をされたり、一般入試の邪魔になると言明する高校も見られました。

けれども今は、定員の半分を年内入試に当てる私立大学もあります。東大、京大でも、年内入試で大学が求めている学生が入学しているという話も聞きます。これは、大学の先生方に、年内入試の受験生を見る「目」が高まったことが要因でしょう。

以前は作文・面接練習など、高校の先生が頑張って対策を施して合格に結びつけていた面もあったかもしれませんが、最近の大学は、受験生が高校でどんな学びを経験してきたのか、しっかり評価できるようになっている気がします。ルーブリックなどの評価方法が活用されるようになったことも大きいと思います。

ただし、総合型選抜などのウエイトが高まれば、大学入学後の学びに適応しにくい学生が増えることも確かでしょう。今後の大学の先生方には、学生によりきめ細かなアフターケア(大学での学びをしっかりと体得すること)を施す必要がさらに高まると感じています。

近年、eポートフォリオで学修履歴を可視化する大学も増えてきました。ですから高校の学びも可視化されるようにすれば、大学の学びとの接続もうまくいくようになるかもしれません。

まとめ

高校の学びは、さまざまな形で変わり始めています。それに対応して、大学入試も変化していくことが期待されます。

その意味では、先述した私立大学の先生方は、新課程入試への対応を議論している方々であり、大学が数年先を見据える姿勢を持っていることに、個人的には安心感を持っています。同大学の先生方には、「新課程入試まで待たずに、今年度入試からでも、学ぶ力を見る入試問題を出してほしい」とお願いしました。

そうしたチャレンジングな入試が出てきたときに、優れた取り組みとして、メディアや予備校などが注目するようになれば、大学入試は自ずと望ましい方向に変わっていけるのではないでしょうか。


三浦 隆志(みうら・たかし)

授業デザイン研究所代表・ノートルダム清心女子大学非常勤講師。元岡山県立林野高等学校長。在任中は資質・能力の育成をめざす授業改善やICTの利活用を推進。現在は経済産業省「未来の教室」実証事業教育コーチ(2021年度まで)、岡山県ICTPT外部委員をはじめ、全国の高等学校を訪問し、授業改善やICT利活用のアドバイザーを務める。

※所属・役職は2023年3月時点のもの

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