- 2026年06月01日
2040年には文系人材の余剰・理系人材の不足という推計を受けて、国を挙げた「理系シフト」が加速しています。そこで本企画では、「理系人材の育成」と「市民のための理数」の両面から、これからの高校教育について、東京学芸大学大学院 教授・西村圭一先生と考えます。
- この記事は、進学情報誌Guideline 2026年4・5月号変わる高校教育「理系シフトの先にー理系人材育成と市民のための理数ー」掲載記事より作成しました。
進学情報誌Guideline 2026年4・5月号(電子書籍版)
多様な学びへの転換
つまずきから立ち直ることができる数学へ
私は、これまで高校や大学で数学教育にかかわる中、「文理融合」や「理系人材育成」といった言葉が繰り返し語られてきた現場を見てきました。進学校では、文系の生徒であっても数学Ⅱまで学ぶことが多いですが、「文系に進むから数学は不要だ」と思い込む生徒や、社会に出て数学の必要性を感じても学び直す気力を持てないと思われる生徒もいます。
また、大学入学後に学んだ内容が十分に残っているとは言いにくい生徒も少なからずいます。実際、大学入学共通テスト後、わずか数か月で学んだ内容を忘れてしまうケースも見受けられます。
こうした状況を招く大きな要因の一つが、大学入試です。入試は本来、選抜のための仕組みですが、情報があふれ、対策が細分化される中で、高校数学は「入試で点を取るための学び」に引きずられ、多様な学び方を試す余地が狭まってきました。
さらに、数学教員の中には、受験数学に長けているがゆえに、高度でスピード感のある授業に重心が寄ってしまうこともあります。その結果、数学に苦手意識を持つ生徒にとっては、「わからない」「覚えるしかない」という受け止めになりやすく、結局はそのイメージだけを残して数学から離れていってしまいます。
こうした課題に対し、私は国際バカロレア(IB)数学の仕組みは示唆的だと考えています<図>。理由は、同じ内容を学びながらも、理論的に深く掘り下げる学びと、ツールを活用して応用的に考える学びという、異なるアプローチが用意されている点です。内容を分けるのではなく、「学び方を分ける」という発想は、日本の数学教育にとって重要なヒントになるでしょう。
※西村教授提供資料を基に河合塾で作成
本来、学び方は多様であるべきです。途中でつまずいたりわからなくなったりしても、別のルートで学び直せることやツールを使って学び方を変えられること、生徒のニーズや学び方に応じていろいろな学びを提供し、理解できたという経験を保障することが、これからの社会にとって重要です。
本当に理解しているかどうかを確かめるためには、生徒に自分の言葉で説明させ、理解が不十分な部分に気づかせ、自らの理解をアップデートしていく機会をつくる。そうした「理解を深める学び」こそが、これからの数学教育に必要だと考えています。
AI時代に求められる「数学的に考える力」
これからの数学教育において、私が最も大切にすべきだと思っているのは、すべての生徒の数学的に考える力を高めることです。それは与えられた解き方をまねることではありません。AIが急速に進化している今、解き方をまねることは機械の方がはるかに得意です。
人間に求められるのは、未知の問題に出会ったときに、工夫し、試行錯誤する力です。 そのためには、公式や計算方法を暗記するだけでなく、「なぜそうなるのか」「どんな場面で使えるのか」を本質的に理解することが欠かせません。理解した知識を使って、新しい状況に対応していく。 その過程で、考える力や表現する力が育っていきます。
「数学の知識は社会に出て本当に必要なのか」と疑問を持つ声もあります。しかし、数学を学ぶことによって身につく資質・能力は、社会にあふれている情報を見極め、必要なら目の前の数字を疑い、クリティカル(批判的)な議論をする際に欠かせません。
私たちは日々、ニュースや商品のパッケージや電車の広告など、あらゆる場面で多くの数値を目にしています。 その数値はどこから来たのか、何と比べているのか、どのくらい信頼できるのか、そこに目を向けるだけで、見える世界は大きく変わります。
たとえば、世論調査の支持率が少し上下したとき、それは意味のある差なのか、それとも偶然のぶれなのか。標本調査のシミュレーションをしてみると、同じ母集団から抽出したとしても、数値がぶれることは珍しくありません。
こうした体験を通して、「この数値は本当に“上がった”あるいは“下がった”と言えるのだろうか」と一歩立ち止まって判断できるようになります。 これは、まさに社会を正しく読み解く力であり、情報があふれている現代においてますます必要な能力です。
数学を楽しむ仲間を増やす
人口減少と多様化が進む日本では、今ある社会で共生するための学びにとどまるのではなく、多様な違いを社会の力に変え、分断を防ぎ、社会を共創する学びへとアップデートすることが不可欠です。
数学教育も同じです。たとえば、「手計算ができなければならない」という一元的な価値観のもとでは、そこでつまずいた生徒は、その時点で算数・数学の学びに参加しにくくなってしまいます。そうではなく、授業でも試験でも電卓やデジタルツールを自由に使ってよいことにする。計算の負担やそのための練習から解放されることで、数学を理解するおもしろさに気づく生徒もいるでしょう。それは、社会とのつながりだけでなく、数学のおもしろさや魅力に出会うきっかけにもなります。
逆に言えば、そうした学びの入口を閉ざしてしまうことは、学びの機会の不平等を広げ、ひいては社会的流動性の低下につながりかねません。大切なのは、数学の学び方を一つに限定しないことです。
生徒の中には、演繹的に学ぶよりも、帰納的に自分で決まりや性質を見いだしながら学ぶ方があう生徒もいます。どちらかが正しいということではなく、多様な学び方があってよいのです。先生方には、ぜひ「数学を楽しむ仲間」「数学を生かせる仲間」を増やしていくという視点で授業づくりを続けていただきたいと思います。
西村 圭一(にしむら・けいいち)
東京学芸大学大学院 教育学研究科 教授。教職大学院数学教育サブプログラム担当。同大学が進める「高校探究プロジェクト」では、教科内・教科横断の双方において、探究的な授業づくりのためのツール提供に加え、多くの研修やワークショップも実践。学校の算数・数学教育の次期学習指導要領の方向性を検討する、文部科学省中央教育審議会 教育課程部会 算数・数学ワーキンググループ委員。
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